経理 記帳代行ならエヌエスアカウトスタッフ

AI

技術は本来の姿から離れていくことも多い

技術の進歩はありがたいことが多いのだが、当初技術が目指し
ていた姿と違ってくることがある。
パソコンなども、その筆頭だろう。
パソコンは便利な機能があるのだが、その機能は仕事などで活
かせているのだが、それ以外に、たとえば暇つぶしに利用する
こともできる。
私のような不心得者は、仕事をしているふりをして、自分の都
合がよいものを検索し、時間をつぶしていたこともあった。

本来、パソコンの利用は業務のためにあるのだが、インターネ
ットの発展は、個人の利用を幅広く可能にした。
私が現役だった2005年ごろには、パソコンのアクセスログをと
ることができるソフトが出現していたし、社内に存在するファ
イルを勝手にダウンロードできないようにするセキュリティソ
フトの導入をおこなった。

現在では、個人が利用しているスマホの利用など、個人のモラ
ルに負うケースが多いのではないだろうか。
技術の進歩で便利な製品が生まれてくるのだが、当初の目的と
違った利用も多くなる。
どんな時代でも、その繰り返しだった。

AI時代もそうらしい。
次のようなコメントがあったので、その一部を抜粋して掲載す
る。全文はリンクの内容ををみていただければよい。

『AI時代の新しい問題がある。道具は成果を生むために使うも
のであるはずなのに、いつの間にか「どれだけ道具を使ったか」
が評価対象になれば、仕事は成果競争ではなく利用量競争へと
傾いていく。

この構図は、単にテクノロジーの管理手法が変わったという話
ではない。より深刻なのは、評価の基準が静かにずれてしまう
ことである。

AIを適切に、必要な場面でだけ使う人よりも、常に大量の指示
を出し、多くの出力を回している人のほうが「働いているよう
に見える」環境が生まれれば、組織は質より量、思考より稼働
の可視性を重んじるようになる。

<中略>

米国メディアがAIの負の側面を報じ始めたことは、悲観論への
転換ではない。むしろ、AIが本当に社会へ浸透し始めたからこ
そ、礼賛の段階を終え、現実の副作用を点検する段階に入った
のである。

日本でもAI導入の議論は増えていると思うが、問われるべきは
「使うべきかどうか」だけではない。AIを導入したあと、職場
は本当に人間らしくなったのか、それともさらに息苦しくなっ
たのか。その問いに向き合わないまま利用量だけを競えば、組
織は効率を得る前に、集中力と余白と信頼を失うであろう。

いま必要なのは、AIを増やすことそのものではない。AIが増え
た職場で、何を減らすのかを決めることである。そこにこそ、
これからのAI活用の成熟度が問われているのである』

礼賛から副作用の点検へ、米国メディアが生成AIのマイナス面
を報じ始めた | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャ
パン)

いつの時代でも技術は人間の生活を便利にしてくれるのだが、
必ずといってよいほど弊害が現れる。
弊害が言われるようになったということは、その技術(AI)が
社会で認められてきたという証左なのだ。
技術を適正に活用していく主体は、どんな時代でも、常に人間
だということだ。
私はAIになじめないので、AIがどれほど社会活動に貢献してい
るのかよくわからないのだが、企業活動を支えていく原動力に
なってきたのは間違いないようだ。

私個人は、AIの活用は、若い人たちに任せよう、と思っている。
私は、デジタルが大好きなのだが、AIは今ひとつなじめない。
AI以外のもので楽しくやっているので、私はそれで充分だ。
このごろ、新たに導入した固定IPやセキュリティソフトだけで
も課題が多く、使うのにあっぷあっぷしている。
デジタル社会は便利なのだが、ウイルス、ランサムウェア、フ
ィッシング詐欺、個人情報流出などの脅威から、わが身を守る
だけでも大変だ。
おもしろいのだが、面倒でやっかいだ。
それこそ、AIにセキュリティを管理してもらったほうがよさそ
うだ。
信頼できるAIがあればだが。

news allread more

share this one