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人間

職業とIQの関係は簡単ではないようだ

職業とIQの関係を把握することは、なかなかむずかしいと考
えている。理由は簡単だ。私はIQは高くない。私たちの時代
にあった知能検査では、常に最低レベルだ。同様に、学業成
績も学年で最低レベルだった。
入社試験でも同じようなものだ。
中途採用試験で、ある企業を受けたのだがSPIを利用してい
た。まったくできなかった。当然、不採用だ。

なんのことはない。
SPIをおこなうことを知った時点で、私はやる気を失ってい
た。できないものはできない、と開き直ることにしている。
入社できる希望はなくなったと、すぐに次の会社へ挑戦した。
とてもイージーな生き方だ。

日本企業のなかでSPIの本当の使い方を理解できている担当
者がどれだけいるのだろうか。
本当に活用している外資系企業などでは、10年、20年単
位で人の能力を多面的に把握するツールとして使っている。
日本企業には、科学的という言葉はないに等しい。
ほとんどの企業は、あの企業も新卒採用で利用している程度
で使っているだけだ。

I Qというものは、大人になれば、知能の発達レベルを示す
ものではなく、勉強を得意とすることや学業成績の高さなど
が強く反映するものだ、と言われている。
I Qと職業能力に相関があるかどうかは、相当なデータをとっ
て把握する必要があるだろう。
私レベルのIQでは、そもそもソニー子会社であっても入社で
きなかっただろう。

入社できた根底には、人間の力量(社長)があった。
筆記試験も最低レベルだった。
総務部に配属されたので、すぐに自分の試験結果をみせても
らった。上司からよく合格したな、と言われた。
そう言われても私にはわからない。
職業に就くために求められるのは、I Qの高さでは決してない
だろう、と私は推定している。
教育格差や社会階層が固定した世の中になれば、教育格差や
知能指数は賃金格差と結びつきやすくなるのかもわからない。
私がみてきた限りだが、職業とIQの間にはっきりした傾向性
はなかった。むしろIQが高いと思われる人は、結論がはやく、
会社が見切られたことも間々あった。

もっとも、認知能力(知識や思考力、記憶力、言語能力など、
知的な能力全般を指します)は、あらゆる職務を通じて共通
に必要とされる能力要素であり、現場部門の社員から事務的
な仕事をする社員まで、仕事をうまくやれるかどうかを決め
るところがある、と言われている。
知的な人材を組織が求めるには、それなりの理由があるのだ
ろうが、幸か不幸か、日本企業の採用基準は、これまでは知
力や学力というものを特別強調することはなく、むしろ非認
知能力である意欲、協調性、忍耐力など、数値化が難しい心
の部分や社会性と関わる能力をみてきたのではないだろうか。
素直で協調性があり、長く勤めてくれる人材を採用し、入学
試験のようにテストで測られた結果を重視するよりは面接重
視で対応してきたと想像している。

私のような両面で欠落しているただのわがまま人間は、当然、
社会(企業など)から排除されやすいタイプだ。
ソニー子会社のような変わったマネジメントができる企業(
人だろうが)でなくては仕事が務まらない人間だ。
ところが、最近は認知能力が重視されてきているようだ。
イノベーションが求められる現代は、私のように経験から学
んで細かな創意工夫ができる人材が必要なのではなく、独自
の知識と頭脳を駆使して新たな事業を創造できる、知的で尖
った人材が必要らしい。

尖った人材はたくさんいるのだろうが、そのような人材をマ
ネジメントできる管理職や経営職はいるのだろうか、と思っ
てしまった。
このようなマネジメント層は、そもそもそのような疑似体験
すらしていないだろう。
中小企業が有利な点は、このような尖った人材を活用できる
オーナー経営者が必ずいるからだ、と私は確信している。
すべては経営者からはじまる中小企業にはチャンスがある時
代がやってきた。

私は、尖ってはいるが知的レベルは低い。
私が尊敬している人のなかに、尖ってはいないが高い専門性
をもっている人がいた。同じ中小企業にいたのだが、その後、
中小企業風来坊をしていた私と違い、その方は、日本で有数
な大手企業へ転職された。
尖ったかどうかよりも、認知能力と非認知能力のバランスが
よく、しかも専門分野の知的レベルが高い人だった(想像だ
が)。協調性があるのだが、専門的な仕事ができる人(経営
者やまわりの社員の評価から)だった。
私の想像の範囲だが、この方は、IQもEQも高い人だ、と今
も信じている。

この方のようになりたいと思うのだが、いつも思うだけで終
わってしまう。
これも私だ。
IQもEQもダメだったが、なんとか生き延びてこれた。
ギリギリのせめぎ合いばかりしてきた
だが、おもしろい人生だった。
そして、IQを蹴散らしながら、今もおもしろく生きている。

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