経営者を傍でみてきた私が感じたことは、発展する企業ほど謙
虚さをもっている経営者の存在があったことでしょうか。謙虚
さは、人間が生まれながらもっているものではなく、経営者自
身が、経営の現場のなかで身につけていったようでした。。
自分を客観視できる人との縁などを話しておられました。そこ
に人間としての学びがあり、自分を訓練していきながら謙虚さ
身に着けていったように感じたものです。
自分を客観的に見ることほどむずかしいものはありません。自
分は、欠点があるでこぼこ人間だ、と知ることが謙虚さを生ん
でいるようでした。人間が有する知識には限界があります。経
営者といえども、他者に教えてもらうことでしか企業を成長さ
せていくことはできません。自分が不完全だから社員の助けを
借りて仕事をしているのだという真摯な姿勢が、このような経
営者にはありました。
経営とは長い時間の旅です。私はひとつの会社で生きていくこ
とが苦手な人間でしたが、多くの人たちは可能な限り、自分が
入社した企業で人生をまっとうしたいと思っているのではない
でしょうか。落ち着いて仕事と家庭のバランスが取れたよき人
生を作っていきたいのが人間の本能だからです。
私は、ただの社内個人事業主でしたが、それでも、謙虚さを兼
ね備えた経営者のおかげで、一人の人間として受け入れてもら
えました。短い期間でしたが、長い時間をかけて作られてきた
原理原則をまじかに体験させてもらい、社内に私の味方をたく
さんつくることによって、私が必要と感じた変化の波を生み出
すことができました。
謙虚さを兼ね備えた経営者と歩いた時間は短いものでしたが、
グローバル企業に育てられたプロセスの一端に触れたことは、
人生最大の収穫でした。経営者をはじめ多くの人たちが謙虚さ
を兼ね備えていたからこそ、世界に通じる経営ができたのだ、
と私は確信しました。
謙虚さには見栄がありません。経営に必要なことは、多くの社
員の力を借りて自然体でいかに経営できるかだけでした。
謙虚さをもっている経営者がおこなう経営は、とてもシンプル
でした。原理原則とは、人間として当たり前のことをすること
だけでした。私のような人間でもわかるくらい容易なことです。