私は、自分が前立腺がんになって、少ないながらがんについて
学ぶようになった。
自分の未来(死)を知るためだ。
私のがんは、前立腺がんなのだが、オーソドックスな治療、い
わゆるホルモン療法をおこなっている。医師は、私の前立腺が
んの性質が悪いタイプなのでオーソドックスな治療が効かない
かもわからないと話していたが、どういうわけか現時点で薬は
非常によく効いている。
ところが前立腺がんは、ある時点(人によって違う)で再起動
するらしい。がん細胞と聞くと、イメージとしてのがん細胞は、
ひとつのようなものだと考えていたが、実際は違うようだ。
複数のがん細胞の寄り合い所帯のようなものだろうか。
私の前立腺がんで言えば、薬が効いているタイプの細胞もいれ
ば、なかには静観しているがん細胞もいるのだそうだ。寝てい
るか、さぼっているのだろう。
昭和の時代に、会社のなかには、このようなタイプの人間がか
なりいた。
さぼってばかりいるのかと思えば、ある時点で、おとなしくし
ていたがん細胞が起動して、再度悪さをはじめる。
いわゆる再発だ。
PSA値が高くなってくるのですぐにわかる。
薬でがんにエサを与えないようにしているのだが、このタイプ
のさぼり型のがん細胞は、まわりの良い細胞をエサにして成長
してくるそうだ。この再発した前立腺がんのことを専門的には
「去勢抵抗性前立腺がん」という。
がんでさへ多様性をもっているということだ。
私たちが働く企業では、とくに日本企業だが、多くの企業で多
様性をかなり否定しながら経営をおこなってきた。そのように
企業を経営できる環境がそろっていたからだ。
がん細胞ではないが、企業経営でも事業を成長させていくエサ
がなくなれば、企業は消滅する。
企業のなかに単一的な環境を作っておくことは、経営上、生産
性の点でも、また事業運営においても同質的な組織は効率がよ
かった。がん細胞ではないが、企業は、食べていくエサがなく
なれば、新たに食べていくエサを探し出して企業を成長させて
いく必要がでてくる。
このような新たなエサを探しだすタイプの人間は、だいたいこ
れまで企業組織のなかで眠っていた人間だ。
前立腺がんではないが、多様な人間がいる組織ほど生き延びや
すくなる。本来であれば、このような人間を働かせていくマネ
ジメントが必要だ。
できるわけがない、と多くの経営者は言う。
簡単だ。
多くの人間にチャンスを与えて働いてもらうだけだ。
働くことからしか、誰がこの時代のなかで会社のエサをみつけ
てくるかわからない。
既存の知識や能書ではない。
結果だ。
がんでさへ生き延びようと多様な環境のなかで模索しながら自
らの復活のための仕事をしている。環境(薬)に負けないがん
細胞はねばっている。しかも、自分のまわりの良い細胞をエサ
にしながら生き延びようとしている。
普通のがん細胞はエサと認識できないようだ。
企業とて同じだ。
逆境のなかで企業を成長させることができる人間にはクセがあ
るだろう。
言葉は悪いが、がん細胞と同じだ。
普通の人間は、なすすべもなく負けていくが、まわに順応しな
い人間ほど環境を冷徹にみている。しかも、答えをもっている
確率が高い。
生産性の議論が世間をにぎわせているが、生産性しかみてこな
かったから、コスト削減型経営になったのだ。
その結果が今だ。
日本企業は生産性以前の問題がある。
人を活用していないからだ。
こんななかで生産性を議論しているから、早期退職へ行き着く。
長期的にみれば、人材を活用しないコスト削減型企業や組織は、
一時的に生産があがっても、業績は、長い時間軸では低迷する。
やらなければならいことは、早期退職ではない。
人材に働いてもらうことだ。
しかも、これまでと違うマネジメントが必要になる。
こちらは、生産性は一時的に悪くなるだろが、長期的には収益
の鉱脈をみつる可能性が高くなるだろう。
むしろ、多くの人材にチャンスを与える以外に、利益の源泉は
みつからない。
早期退職からリストラクチャリングできる企業はまれだ。
経営者に求められていることは、早期退職ではない。
今いる人材を活用することだ。
人を切って利益を出したところでたかが知れている。
環境とは、生産性や効率性だけで出来上がっているものではなく、
そう思っているのは人間の思い上がりだろう。
経営者こそ、がん細胞に学べ、だ。