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経営

足腰の強さのスタート

なぜ、ソニーは足腰が強いのだろうか、という疑問が長く続
いていました。最近、なんとなくこうだろうという結論がみ
えてきました。やはり、ADR(米国預託証券)を日本企業で
はじめてソニーが発行したことが原点ではないか、と。ソニ
ーがADRを発行したのは1961年です。まさに多くの日本
人は、オリンピックという悲願に酔いしれていた時代だった
のではないでしょうか。
そんな時代、ソニーにとっては、企業規模の拡大とともに不
足する資金調達をどうするか、といった切羽詰まった時代。
日本では資本の自由化ができていない時代であり、銀行には、
戦前からの系列の流れが強く反映しており、新興企業のソニ
ーは、簡単に銀行借入ができない時代でもありました。

いろいろな事情がソニーにはあったのでしょうが、それでも
ADRの発行は、大蔵省の選定でソニーの他日本の超優良企業
16社の銘柄、東芝、日立、三井物産、三菱商事などそうそ
うたる企業群でしたが、そのなかでソニー1社がADR発行を
許可されています。ここからが本番でしょうか。ADR発行に
向けたADR発行手続きの理解と、その作業です。

米国には、有価証券の詐欺的取引を防止し、投資家保護のた
め制定された「ディスクロージャー・ロウ」( D I S C L O S U
RE L A W )、別名「1933年法」という法律があります。
株式を上場する企業は、投資家保護のため必要なあらゆる正
確な情報を開示しなければならない規定です。新規に有価証
券を発行する場合は、財務諸表に照らし合わせた有価証券届
出書を作成し、 S E C (証券取引委員会 )に登録する必要が
あります。この手続きの煩雑さが、のちにソニーの腰を強く
することができた原点だった、と私は考えています。

初めての経験は、当たり前ですがわけが分からないことの連
続だったでしょう。日米両国の法律、会計手法、届出内容と
広範に及び、日本の当時の商法の英訳から始めなければなら
なかったようです。しかも、過去3年間に遡って登録届出書
に、米国の会計基準に基づき、ソニーおよびその関係子会社
までを含めた「連結財務諸表」の添付が義務付けられている
ことです。過去3年間に遡って作成し、米国の公認会計士の
監査を受けなければならないという非常に困難な作業といえ
るでしょう。当時、日本の企業経理にはまだ連結財務諸表と
いう概念すらないのです。連結会計が制度化されたのは、わ
が国では2000年3月期の決算からです。

経理を担当した者であればわかりますが、今の時代でさへ過
去3年間分の決算をやり直すとなれば、どのような状況にな
るかわかるのではないでしょうか。私は、ただ恐怖しかあり
ません。

作業が完了した後、アメリカの証券取引委員会から会計士や
弁護士が来日し、チェックをされたようです。ソニーの経理
部は書類作成にてんてこ舞いになっていた、と記されていま
す。会社の定款、登記書類、取締役会規定、株式取扱規定、
株主総会議事録など、すべて英訳し、その正確性について弁
護士に確認をしてもらう。重要な契約、特許などについても
確認が求められる。短期間のうちにこれらの作業を終えなけ
ればならないばかりか、アメリカの公認会計士立会いのもと
に、本社、各工場、販売部門の商事本部、全国の各支店、営
業所にいたる原材料、仕掛品、製品について一斉に棚卸を実
行しなければならなかったようです。

ソニーは、日本ではじめてADRの膨大な作業を成し遂げ、そ
れ以降も米国会計基準に基づく決算をおこなってきました。
他の日本企業と比較にならない作業量と資金を使ったと思い
ます。それでもひるまず果敢に挑戦しているからこそ、腰の
部分にあたる管理力が、他社とは比較にならないくらい強く
なるようです。また、それらを補完する内部監査機能と、ど
れをとっても私がみてきた企業にはありませんでした。企業
には、膨大な人と資金(投資)という歴史があります。その
ラインが常に強化され、ソニーの歴史の中で息づいているよ
うでした。だからこそ、社員は誇りをもって行動できていま
した。私が在籍していた弱小の子会社ですら、決して、その
ラインから外れることはありませんでした。

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